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雪の降っていない街

Date: 2025-10-27

Author: ヒナーシャ

2024年6月23日(日)に開催されたSSF07にて頒布された光空学派『SHINOGRAPHIA』に寄稿した小説です。
アイドルマスターシャイニーカラーズのユニット、ノクチルが冬の富山へ旅行します。

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プロデューサーから電話がかかってきた。マナーモードにしていたので音は出ない。着信を切り、チェインで今は電車の中なので出れないと伝えると、すぐに返信が来た。すまん、ちょっと急ぎだったから。今日は四人でレッスンだったよな。終わったら事務所で待っていて欲しい。ノクチルの四人に仕事の依頼があったんだ。詳しくは事務所で話そうと思う。みんなにも伝えておいて欲しい。私たちは昼過ぎに授業が終わり、そのままレッスンへ向かっていた、電車のなかは人がまばらで、ゆったりとシートへ座ることができた。あぁ、朝の電車は最悪だ、いつもこのくらいだったらいいのに。画面の上で、わかりました、と打とうとして一瞬指が止まり、別の言葉を打ち込んだ。いや、そういうのはグループトークで言ってください。すぐにノクチルのグループトークの方へ同様の文面が届いた。横に意識を向けると、雛菜と小糸が何かおしゃべりをしている。 「ねえ、なんかきてるけど」私は誰に言うのでもなく言った。 「へ~? なにが~~?」雛菜が間抜けな調子で相槌を打つ。 「チェイン、グループトーク、プロデューサー」単語を並べただけで意図が通じるのは楽だ。雛菜にはこれでいい。 「お仕事?」と小糸が聞き、「ん」と私は適当に返す。 「あは~」と雛菜はため息をつき「レッスン終わったら事務所に来いって~~」と間延びした声で言った。 「透ちゃん、寝てるね」透はシート端の仕切り板にもたれかかって眠っていた、とても気持ちよさそうな顔をして。

レッスンはいつも通り終わった。何のためでもない練習。近くに大きなライブやパフォーマンスを行う予定はなかった。いや正確には、この後、その予定が入るという話を聞かされるのだろう。だが現時点では、特に目的もない、何のためでもないレッスンだった。やは~~。レッスン終わり~~~。この後、事務所へ向かうんだよねっ。うん~~。え、なに? なんか、お仕事の依頼? が入ったからその話を事務所でするみたいだよっ、プロデューサーさんから。透は大きな欠伸をしながら、「そっかぁ」と相槌を打った。正確には「か」のところで欠伸と混ざり「そっくぁあ」と発音していた。制汗剤で汗を拭きジャージから制服に着替える。横目で透を見ると、汗でしっとりとした髪は、蛍光灯の光を吸い込むように淡く光っていた。そして下に視線を動かすと、ん? いや、「浅倉、下着、上下揃ってない」 「……あれ。えー、そう?」呆けた表情の透。 「ほ、ほんとだ。色はおんなじだけど、よく見たら違うね!」 透は自分のブラとパンツを見比べて「あー。ふふ、たしかに」と言った。 「あは~~~。透先輩、おっちょこちょい~~~」 「やー、時間なくて、朝。見てなかった、よく」 事務所に戻ると、プロデューサーがコーヒーを淹れていた。 「そろそろ戻ってくるんじゃないかと思ってたんだ。ああ、コーヒーは俺用だよ。この時間に高校生に自分からコーヒーを飲ませたりしないよ。たしか冷蔵庫に何かあったと思うけど……。はは、そう急かすなよ。うん。じゃあ早速だが、ノクチルに仕事の依頼が入った。相手は大手旅行代理店で、Web番組の旅行企画だ。コンセプトとしては幼馴染同士の旅行 Vlog。実際には相手側のディレクターが大まかな段取りを決めてカメラマンが撮影することになる」彼は一呼吸おき「どうだろう」私たちの目を順番に見回した。 「おー」透が感嘆の声を上げた。「旅行。いいね」 「はは、一応仕事ではあるが、コンセプトでもあるからいつも通りで臨んでくれて問題ない。仕事だからと言って、変に気をつかうってのは ……まあみんななら大丈夫か。相手側もそう望んでいるし、ファンも喜ぶだろう。俺としてもその方が魅力が伝わると思う」彼はもう一度息を吸い込み、「どうだろう」と続けた。「とてもいい案件だと思うし、面白い企画だとも思う。引き受けても問題ないか」私たちは目を見合わせた。雛菜は相変わらず呑気な顔をしている。小糸は少し背伸びをしていて、興味を持っていることが一目で分かる、好奇心と期待を堪えた表情をしていた。 「雛菜はいいよ~~。透先輩と旅行、楽しそ~~~」 「わ、私も大丈夫です」 「いえー。問題ナッシング」 「……一点確認ですが、あなたは?」 「俺? ああ、付き添うよ。さすがに泊まりだからな。でもできるだけ干渉しないようにしたい。企画のコンセプトとしては幼馴染との旅行だから」 「なるほど、わかりました」 「えー、雛菜はプロデューサーともお喋りしながら旅行したい~~~」 「雛菜ちゃん、お仕事だよ!」 「へ~~? ま~いっか~~。タダで旅行~~♪」 「雛菜、心の声、ダダ漏れ」 「やは~~~」 正直なところ私も経費で旅行へ行けるとかラッキーと素直に喜んでいた。「じゃあ、よろしく頼むな。詳しい日程は、できるだけ学校のない土日にしてもらえるよう調節するが詳細は追って連絡するな」

後日、行き先と日程が伝えられた。場所は富山県。三週間後の金曜の夜に前乗りして、土曜、日曜と観光地を巡る。そして日々は過ぎてゆき、前乗りをする金曜日の夜になった。プロデューサーからは小糸と雛菜を乗せてから私たちを迎えにくると連絡を受けていた。「浅倉、そんな荷物いる?」私は透の部屋で迎えを待っていた。「いるでしょ」透はさも当然のような口ぶりで言った。 「わかんないじゃん。なにがあるか」透がそんなことを言うのは意外だった。「樋口はさ、どこ行きたい? あっち着いたら」そう透は尋ねてきた。「別にどこも……てか、行く場所は決まってたでしょ」透は忘れていた、というより今知りましたというような口ぶりで「あー、そうだっけ」と言った。「でも、全部そうなわけじゃないじゃん、たぶん」「まあ、知らないけど。浅倉はどこか行きたいところでもあるの」気になって私は聞いた。「んー、あー」透は中空を見つめていた。透の見つめた先を見つめても、私にはなにも見えなかった。中空から透の瞳へ視線を移す。あの日みた空は、もう見えなくなっていた。「わかんないや」そう言って透は笑っていた。

富山への旅がはじまった。東京駅で北陸新幹線に乗り、三時間弱ほど揺られると富山駅に着く予定だ。車窓から見える景色はすでに闇に包まれ奥行きを失い、ただ手前に座っている雛菜の顔を映していた。プロデューサーが適当に渡してきたチケットをそのまま受け取った私たちも悪かったが、受け取った後で席についてどうこう言うのも面倒だった。雛菜は変な熊のキャラクター(ユアクマだったと思う。どうでもいいけど)を模ったケースを装着したスマートフォンでなにやら熱心に調べているようだった。他人の画面を覗く趣味はない。私は目を閉じて高速で自分を運ぶこの箱の振動にしばらく身を任せようとしたが、見て~、なんかいま~雪が降ってるみたい~~、という雛菜の間延びした声に邪魔をされた。なに。雪? ああ、富山ね。画面に映し出されたライブカメラには白い斑点が街灯の光を反射し、雨とは異なる速度で重力に従っていた。やは~~。もう結構積もってる~~~♡ 夜の闇の間で重く威厳を保っていたはずの瀝青れきせいがその領土をすでに失い、黒は空と街灯の光が届かない領域まで退行していた。そして闇の陣営は朝になると完全に敗北するだろうことは容易に想像できた。明日、世界は白く一変しているだろう。残酷なまで美しく。 富山駅に着くとまず驚いたのが、路面電車のターミナルがあることだった。鉄道路線の高架下にレールが二本、垂直に位置し、中央にホームがひとつ、島になっていた。三分ほどの間隔で二両編成の床が低い列車がぞくぞくと入ってくる。私を含め透、小糸、雛菜も驚いているような、珍しいものをみた時のような好奇心に満ちた様子をしていた。プロデューサーは以前にも訪れたことがあるようで、何かを思い出しているような表情をしていた。その表情には私以外、誰も気が付いていなかった。彼がここから四つ先の停留所にビジネスホテルを予約してあると言って、私たちは路面電車に乗り込んだ。 「ベッドが四つある部屋をとっておいた。明日の朝はチェインにも送ってある通り、七時にこのロビーまで集合すること。撮影スタッフを乗せたハイエースが迎えにくる予定だ。朝食は道中にコンビニへ寄るから、そこで済まそう」彼はそう捲し立て、私たちを部屋に案内し、今日はもう遅いから、早く寝るようにと言って、ドアを閉じようとして、ああ、それと鍵はちゃんと閉めてな、と言い残した。いや、オートロックでしょ。そう言うと、彼はおどけた顔をしたあと苦笑し、ドアを閉じた。「プロデューサー、心配してくれてるっぽい~~」雛菜嬉しそうに言った。透も笑っていた。「夜遅い時間だから、騒がしくしちゃだめだよ!」と小糸が叱っていた。全く知らない場所にいま自分たちはいたが、その実感はなかった。

光が眩しい。カーテンの隙間から漏れた朝日がちょうど顔に当たっていた。サイドテーブルの、ベッドランプの傍らに置いたスマートフォンを手に取り、時刻を確認する。目が覚めた時の癖だった。いつもなら時刻に余裕がある時は二度寝を繰り返すが、今日は珍しく目覚めが良く、もう一度目を閉じる気分にはならなかった。両脇のシングルベッドを見渡すと、みなまだ眠っていた。部屋を出るまでまだ二時間あった。どうしよう、暇だ。そういえば、昨日は雪が降っていたことを思い出した。夜に富山に着いた時点ですでに地面を覆うほどには積もっていたが、もっと積もっているだろうか。皆を起こさないよう、カーテンの隙間から外を覗いた。雪原があった。昨日は夜の帳に包まれ気が付かなかったが、ホテルが面している通りの向かいには広い公園のようなひらけた場所があり、一面に雪が敷き詰められ、眩しすぎるほど燦々と太陽の光を振り撒いていた。行くか。念のために持ってきていた雪靴をスーツケースから取り出して履き、ダウンを羽織ってゆっくりとドアを開けた。ホテルのラウンジから外に出た時、部屋がオートロックであることを思い出した。カードキータイプで、部屋の壁に貼り付けられたホルダーに差し込むと照明やエアコンが動作する仕様で、つまりは一つしかない。あー、まあ、いっか。戻る時には誰かしら起きてるでしょ。電話しよ。車通りは少なかったが(全くないわけではなかった。ホテルの面している通りは富山駅につながる大通りだ)、歩行者用信号が青になるのを待ち、カッコーの鳴き声の電子音が流れると横断歩道を渡った。車道は雪が除かれ、瀝青れきせいがその素肌を光に晒していた。 公園の入り口に立てられた案内看板によると、ここは城址じょうし公園だった。雪原にはすでに何人かの人影があり、目につく範囲では朝の散歩に来た老夫婦、中型犬と雪の上ではしゃいでいる小学生くらいの子供とその保護者がみえたが、ほとんどの雪は降り積もったままの状態を保っていて、奥の城跡までなだらかな曲線を描いていた。中央に向けてなだらかな小丘となっているようだった。小丘の周りに残された足跡に沿って歩く。案内板で見た通り、いま歩いている場所は本来、道になっていて丘の周りを囲っているのだろう。足跡は奥の城跡に続き、さらに左に曲がって奥の日本庭園に続いていた(城跡の入り口の扉は閉じられていて入れなかった。案内を見ると営業時間外だった)。雪化粧されたその日本庭園は静謐せいひつそのものだった。四阿あずまやには氷柱つららが垂れ、松はその枝葉えだはに繊細さを積もらせ、何も言わず佇んでいた。すべての時間が凍結しそこで止まっているようだった。忘れ去られた時間に、美しい埃が被っているようだった。そう、透明な音のような埃が。 石橋を滑らないように慎重に渡った。池は雪が浮いてはいるが、凍ってはいなかった。池の中で何かが動いた気配がしたので覗いてみると、錦鯉がゆっくりと彷徨うように泳いでいた。よくみると、暗灰色の鯉も数匹泳いでいて、彼らは群れることなくそれぞれ好きに彷徨っていた。こんな寒いのに、死んだりしないのだろうか。いや、鯉ってもともと寒冷地に生息していたんだっけ。知らないけど。四阿あずまやの中を覗くと、長椅子の上にも薄く雪が積もっていた。これじゃ座れない。もう少しこの景色を眺めていたかったけど、そろそろ戻るか、そう思っているとスマートフォンが震えた。通知? だれか起きたのだろうか。画面を見ると、雛菜から「円香先輩どこ~~~?」とチェインがきていた。「散歩してた、外」と送信し、少し逡巡して「通りの向かいにある広い公園」と送った。 「円香先輩ずるい~~~!」城址じょうし公園の入り口近くまで戻ると、雛菜がファーコートにスウェードの手袋、スノーブーツという完全防寒の姿でこちらに向かってきた。後ろには同じく冬の雀のような防寒着に包まれた透と小糸が続いた。「円香ちゃん、心配したんだからね!」と小糸にも怒られた。頬を膨らませた小糸はいよいよ冬の雀にしか見えず、愛らしい。透と雛菜がふたりで手を繋ぎ、黄色い声を上げながら雪原にダイブしていた。いや、それ危ないから。雪の下に突起物があったら死んでる。「と、透ちゃん! 雛菜ちゃん! あぶないよ! ゆ、雪に隠れて、棒とか……い、尖った石とか、あるかもしれないし!」私が言うよりも早く、小糸が言う。そうだね、小糸、私も加勢してあげる。「前に同じことして、棒が体を貫通したって事故をどっかでみた」透が感心したような顔をして「えぇ、やば」と声を漏らし、雛菜は「あは~~~」と鳴きながら眉を八の字に曲げていた。 「ど、どうなったのかな、その人」 「さあ、そこまでは」 「え、死んだ?」 「知らん。調べたら出てくるんじゃない」 「あは~~、雛菜、もうしかして死んじゃってたかも~~」 「そうかもね」 「顔に刺さったらやだな~~~」 「うわ、痛そう」 「ぴぇ……」 と、とにかく、もう雪に飛び込んじゃいけません。この話はおしまい! と小糸が締めくくった。楽しいのにな~~~、でももうやったし、生きてるし、雛菜運がいいね~~、あ、透先輩も~~。ふふ、イエー。ふ、ふたりとも! やは~~、もうやりません~~。ほ、ほんとかな……。

ノクチルは集合時間を過ぎてもロビーに現れなかった。プロデューサーは寝坊かと呆れ、受付から部屋に内線を繋いでもらったがコール音は鳴ったまま途切れなかった。何か事件でも巻き込まれたんじゃないだろうか。そう心配して外に出ると、ちょうど、ホテルの前に黒いハイエースが止まった。助手席の窓が開き、男が奥の運転席から上半身のみを乗り出してきた。今日から同伴する撮影スタッフの主任だった。慌てて助手席のそばに駆け寄る。 「283さん、すみませんちょっと急ぎで」 「い、いえ、すみません、ノクチルですが、まだ……」 「ああ、うん。それ、ノクチル、彼女たちならそこの城址じょうし公園にいるよ。ここ着く直前に見かけて、どうしたんだろうって見てたら、雪合戦をはじめてさ、いい素材だと思って、先にスタッフを下ろしてカメラ回して撮って貰ってるんだけど、問題ないかな」 「え⁉」 「ああ、一応彼女たちに承諾は取ったんだ。283さんの方は事後承諾になってしまってあれだけど、この瞬間はいましか取れないと思って」 「それならこちらとしては問題ありませんが、いや、はは、え、雪合戦」 「283さんも早く行ったほうがいい。車を駐車場に移したら私も向かうよ」 大通りの横断歩道が青に変わるとすぐに走って公園に向かった。途中で滑って転びそうになったが、なんとか持ち堪えた。雪靴を買う必要があるな、これは。入り口に着くと、雪合戦はすでに終わったようだった。防寒着に付着した雪片が銃痕のようになっていて、その激しさを物語っていたが、いまは平和に雪だるまを作っていた。 「あ、プロデューサーだ~~~! もうすぐできるから待ってて~~」 プロデューサーは大きく頷きを返し、撮影は続いた。

車が多く走る幹線道路は雪がほぼ溶けていた。歩道には雪が山脈をなしているのを見ると、おそらく朝に除雪車が通ったのだろう。ひぐちー、どこ向かってるんだっけ。はぁ、氷見ひみ。話聞いてなかったの? ひみ? 氷に見るって書いて、氷見ひみ。あー。この季節は寒ぶりが美味しいんだ。え、行ったことあるの、プロデューサー。ああ、学生の頃に一度な。誰と行ったの、それともまさか一人で? 喉元まで出かかっていたその言葉を飲み込んだ。雛菜、ぶりすき~~~。お昼は漁港に併設されている定食屋に行くから、そこで食べよう。 車は海岸沿いのトンネルへ続く道を右に外れ、橙色にタイル張りされたコンクリート造の建物に併設された広い駐車場へと入っていった。駐車場の先には線路が走り、陸と海との境界線を作っていて、砂浜は雪に覆われて白く輝き、その奥には灰色の海がさざめいている。私たちは自分の荷物を手に取り、建物に入っていった。事前に聞いていた話だとここが今日泊まる宿だったが、一見するとスーパー銭湯にしか見えない、しかし中に入り従業員に先導されるまま階段を上がると旅館のイメージそのままの畳張りの和室へ案内された。私たちは荷物を置き、受付があるロビーに降りた。ここからは車を使わず、徒歩と電車で移動すると聞いていた。 氷見ひみ線の越中国分えっちゅうこくぶ駅へは五分もかからず着いた。単線の片側に小さなホームと、その上に雨風避けのプレハブ小屋が建っていた。既にカメラは回っていて、私たちは普段通りに振る舞えばそれで良いと聞いている。「いえー。ノスタルジック」透に腕を絡ませて雛菜がセルフィーを撮っている。十分ほど待つと、赤く無骨な列車が一両編成でこちらへ向かってきた。ずいぶん古そうな見た目をしていて、電化はされておらず、おそらくはディーゼル機関車だろう、のちに調べると、国鉄キハ系というらしくJRがまだ国有鉄道だった頃、七〇年代後半から八〇年代初頭にかけて製造された列車だった、どうりで列車がやってきた時の駅のホームと乗り込んだ車内は時間が止まっているようだった。すごい、ぎりぎり、海。透が窓に顔を向けて呟いた。止まっている時間の中で、透だけ進んでいた。いや、透だけではなかった。雛菜も、小糸も、着実に前に進んでいた。ただ私だけが永遠に過去へ留まっていたかった。窓の外を見ていた、みんなが。「円香ちゃん、みて!」小糸に促され、車窓へ視線を移す。海の上に岩が流れていた。岩上には松が生え、普段は囂々ごうごうたる荒々しい波に幾年も耐えたらしい勇ましさを湛えているそれは雪を被り、その熱を覆い被し、ある種の静謐せいひつさを放っていた。しばらくすると車窓から見切れて見えなくなった。景色は時間ともに流れ去っていく。「いいね、進んでる感じ」透はそう言った気がした。あまはらし、あまはらし。車掌からアナウンスが流れ、列車は少しずつ減速し、完全に停止した。 雨晴あまはらし駅で私たちは降り、雨晴あまはらし海岸へ向かった。道路脇は雪が踏み固められ、転ばないようにゆっくりと進んだ。ホームは海とは反対側にあったので、どうやって線路の向こうに区切られた海岸へ行くのだろう。そう思っていると、撮影スタッフが先導した先に自転車が二台並ぶので精一杯の小径があり、小さな踏切へと続いていた、積もった雪はほとんど踏み固められていなかった。雪を踏み締める特有の音が心地よいリズムを作りながら、人が二人すれ違うことしかできない幅の狭い踏切を抜けると、視界が途端に開けた、眼前には雪原の砂浜と果ての見えない海原が広がっていた。雛菜たちが何か楽しそうに話していたが、注意はそちらには向かず、私はただ景色に魅入っていた。 海岸沿いを右手に進むと、海から突き出て、岩上に松の生えた、雪の被った岩に注意を引かれた。さきほど、越中国分えっちゅうこくぶ駅から雨晴あまはらし駅までの間に列車の窓から覗いた岩だった。車窓から覗いた時の角度では背景が果てのない海と空だったが、いま私の瞳に映るそれは、雄大な山脈をその下地とし、山脈は壁というより、迫り来る大津波のように見え、頂の稜線から裾野にかけて白く染まった雪化粧は波飛沫に似ていた。岩を覆う雪は、波を被ると溶けてしまうだろう、そうしたら岩の持つ勇ましさ、その熱は取り戻すのだろうか。取り戻したとしても、冬の冷たい風によって冷まされてしまう気がした。

正午近くなり、昼食を食べに行った。雨晴あまはらし駅からディーゼル列車に乗り、一駅挟み、十分もかからず氷見ひみ駅へ着き、氷見ひみ漁港へは徒歩で向かった。漁港には多くの車が行き来していた。食堂は漁船の乗り入れ場に隣接したコンクリート造りの卸売魚市場の二階にあった。早朝ならば店の入り口から魚の運搬や競りの様子を見下ろすことができるらしいが、今はがらんとしていた。私たちは案内された席に座り、メニューを眺めた。 「本日獲れた魚を使用しております。だって」 「やは~~~♡ 新鮮だね~~」 「この氷見ひみ寒ぶり、めちゃくちゃ美味そう、旬だし」 「雛菜もぶり好き~~!」 「寒ぶりって確か、すごくあぶらが乗ってるんだよねっ」 「あはは、小糸ちゃん物知り」 「え、えへへ。とーぜんっだよ」 「雛菜もう決めたよ~。氷見ひみ浜丼!」 「私は、寒ぶり刺身定食」 「あ、それ私も」 「わ、わたしもそれで!」 「あと、これも追加したい」 「あは~~~♡ 円香先輩エビ好きだね~~」 「雛菜うるさい」 「へ~~?」 寒ぶりは想像以上にあぶらがのっていて美味しかった。雛菜の頼んだ丼には花びらのように寒ぶりの刺身が敷き詰められていて、何枚も写真を撮っていた。少し遅れて提供された甘えびの刺身は、比喩ではなく口の中でとろけ、表情までとろけるようだった(後日、放送された番組をみた時、私の顔は想像以上に緩んでいて、表情についても比喩を使う必要はなかった)。「円香先輩、おいしい~~?」「美味しすぎて死にそう」「あは~~~♡ 良かったね~~~~♡」「寒ぶりもすごく美味しいね!」「うん、うまい、めっちゃ」「あ~~透先輩ハムスターみたいでかわい~~~~♡」

満腹で漁港を出た私たちは氷見ひみ市街を散策した。商店街には忍者ハットリくんや怪物くんの像が建っていて、漫画家の藤子不二雄Aが生まれ育った地のようだった。雛菜がドラえもんの銅像がないと言っていたが、調べると、藤子不二雄Aと藤子・F・不二雄はかつてコンビとして藤子不二雄というペンネームで漫画を描いていたがそれぞれ独立する際にアルファベットを加えたようで、ドラえもんを書いたのは藤子・F・不二雄の方だった。わかりづらすぎる。あは~~、そうだね~~。そうして日が傾く前に、私たちは国鉄時代のディーゼル列車に乗って旅館に戻った。

旅館の温泉はスーパー銭湯ほどの広さとバリエーションがあり、露天風呂からは日本海が見えた。ちょうど太陽が海に沈もうとしている途中で、黄昏にはまだ少し早かった。全てが茜色に染まっていた。少し前にも四人で温泉に入ったことがあった、あれは撮影だったが、今回は施設自体のプロモーションではないため、カメラは回っていない。透は仁王立ちになって斜陽に染まった景色を見ていた。「透先輩、何みてるの~~」「え、あー、空? んー、海? ……っていうか、全部」「やは~~、かっこい~~~♡」「なんかさー、小糸ちゃん、まえ言ってたじゃん。太陽を直接みたら危ないって」小糸はうんと頷いた。「でも、夕日ってあんまり眩しくないよね。昼間のは眩しくてさ、見れないけど、直接」小糸は上に顔を向け、考えているようだった。数秒して「多分、太陽が真上にある時より、今みたいな斜めから差し込む方が、大気での拡散が大きいんじゃないかな」確かにそうだ、小糸は賢い。「え? あー、なるほど」「絶対わかってない」「あはは」笑いながら透は振り返り、その青く透き通る瞳で私を見つめた。 「わかるよ、遠いから見れるんでしょ」 逆光によって透の表情は暗く、よく見えなかった。瞳の青さだけが黄昏に浮かんでいた。

二日目の朝、また早朝に目を覚ました。スマートフォンを確認すると出発時刻までは二時間は余裕があった。布団から出ると、小糸が気付いたようで、「円香ちゃん、またどこか行くの?」と聞いてきた。いや、ちょっと外に。一人だと危ないよ。小糸との話し声で雛菜も起きたようだった。あは~、円香先輩、また一人でどっかいくの~~。はぁ、散歩、浅倉も起こして。 外に出ると冷たい風が頬を刺した。海から吹いているようで、湿り気を帯びた風は、東京の冬の乾いた空気とは違っていた。どう違うかと問われると難しいが、東京のそれが刺すような冷たさであるとすると、日本海から吹く風は、なんというか、重さを持ち、どしんと殴られる冷たさだった。雛菜が駐車場奥の線路へ向かって行き「あっちの方ってどうやっていくの~~?」と叫んでいた。線路を挟んだ向かいには浜辺が広がり一面が雪に染まっていて、四阿あずまやがなければ整備された公園であるとは気付かない。浜辺の奥には白い円錐型の建造物がいくつか並んでいた、何かを貯蔵しておくタンクだろうか。岸から五十メートルほど離れた場所に、雪を被った消波ブロックの塊が列となって浮かんでいる。「線路あるし、ここからは行けないんじゃない」すると小糸が思い出したようにあっと声を出して言った。「最寄りの駅! あそこの踏切から行けるんじゃないかなっ」「やは~~♡ さすが小糸ちゃんだね~~」そして私たちは透を見つめた。透は雪の結晶のような瞳だけを動かして私たちの顔を見渡し、言う。「っしゃ、行くか」 越中国分えっちゅうこくぶ駅のこぢんまりとしたホームに接続している道の踏切(この踏切も幅が狭く、自動車進入禁止の標識が立っていた)を越え、私たちは海浜公園へ向かった。道をまっすぐ進むと、左手に空がひらけ、海と真っ白な浜辺、そこへつながる下り坂の道があった。坂を下り浜辺へと降りると、透が海に向かって走り出した。「と、透ちゃん 危ないよ!」小糸が叫ぶ。「雛菜も~~~!」雛菜も走り出す。「雛菜ちゃんっ」そして小糸が私を見て、目が合った。「行くよ」向こう側へ。走り出す。「円香ちゃんまで! もう!」小糸も走り出す。透が走って、雛菜が透を追いかけて、私も追いかけて、小糸も追いかける。まるで浜辺で追いかけっこをする恋人みたいに。いや、これは陳腐な例えすぎるか。「あはは」透が振り返った。「まえもあったね、こういうの」ノクチルとしての、初めての仕事の、「ああ、花火大会ね」「うん、誰も見てなかったやつ」「もう半年も前だね~~」一時期干されかけていた私たちも、いまはそこそこやっていけている。「いまもさ、誰も見てないけど、私たち以外」あの人にも、番組の撮影スタッフさんたちにも、何も言ってないからね。「でも、いいじゃん、今は。私たちだけで」そう言った透の表情は、少し悲しげに見えた。どうしてそんな顔をするの、ねぇ、透。

旅館に戻り、身支度を整えてロビーに降りた。今朝の出来事は大人たちには知られていないようで、なぜか安心した。ノクチルとしての私たちではない、私たち、透明だった頃の僕たち、それを少し取り戻せた気がした。

まどろみの中、円香は意識がだんだんとはっきりしてきた。五箇山ごかやまへ向かうハイエースに揺られ、仮眠をとっていた。起き抜けに、反射的な大きなあくびをかく。車内の後部座席は三列に区切られ、運転席の後ろの列にプロデューサーが座り、その後ろに雛菜と透、最後列に円香と小糸が座っていた。円香が左に目を向けると、小糸は目を閉じ安らかな寝息を立てていた。小糸の寝顔に庇護欲をくすぐられ、それを掻き消す為に鼻を摘みたくなったが、円香は堪え、窓の外へ視線を移した。あたりには雪に埋もれた田園が一面に広がっていた。そうして窓の外を眺めているうちに、再びまどろみの中へ落ちていった。

「円香先輩起きて~~!」雛菜のけたたましい声で夢から覚める。急に覚醒したからか、心臓の鼓動が聞こえ、呼吸が荒くなる。車はすでに駐車され、目的地の五箇山ごかやまへ着いたようだった。雛菜、うるさい。仕返しに非難がましく言ってあげる。だって円香先輩全然起きないんだもん、ね、小糸ちゃん。私は小糸に視線を向けた。そうなの、小糸。小さく悲鳴を上げる小糸。……う、うん。ごめんね円香ちゃん、揺すっても起きなくて……。いや、小糸が謝る必要はない。ま、とりあえず降りよっか。 ハイエースから降り、プロデューサーやスタッフが準備をしている間、駐車場に併設された公衆トイレへ向かった。尿意を催しているのは私だけのようだった。檜だろうか、木材の板張りを基調とした公衆トイレは外観からよく整備された印象で、室内は暖房も効いていた。冷たい便座を覚悟していたので僥倖だ。用を足しながら、スマートフォンで時刻を確認する。十時を少し過ぎたところで、越中国分えっちゅうこくぶの旅館を出て一時間半ほど経っていた。手を洗い、ハンカチで手を拭きながら鏡で自分の顔を見ると、少し顔が浮腫んでいて、仮眠をとりすぎたことを後悔した。 駐車場から集落までは少し距離があるようで、アスファルトで舗装された峠道を十分ほど歩くらしい。山の斜面には木が生い茂り、たびたび道に雪の塊を落としていて、小糸がその度に小鳥のような悲鳴を上げていた。小糸、上ばっかり見てないで、足下も見て歩かないと危ないよ。あ、ありがとう円香ちゃん。あは、小糸ちゃん、手繋いであげよっか。う、うん。ありがとう、透ちゃん。やは~~~♡、雛菜も繋ぐ~~。私の前に三人が並ぶ。ほら、樋口も。そう透が手を差し伸べたら、私は、その手を掴むことができるだろうか。 空が開け、集落が見えてきた。青灰せいかい色に薄く輝く曇天どんてんが雪に埋もれた集落を白く照らす。二棟の合掌造りが目を引いた。鋭く尖った茅葺かやぶき屋根に自身と同じ厚さの雪を被り、じっとその重さに耐えている。右手には食事と土産物を売っていると思しき茶屋があり、こちらも茅葺かやぶき屋根の合掌造りだった。す、すごい! ジブリみたいだね! 小糸が言う。雛菜と透も各々に感嘆の言葉を漏らしていた。ここを登った先に、ここを一望できる場所があるって! 案内看板には『「相倉あいのくら集落」全景 撮影スポット→』と書かれていた。「登るの? ここを?」看板が指し示す先は雪の斜面になっていた。私の背より高い積雪を左右にくり抜いて一応は道の体を成していたが、こんな雪の斜面を登ったことは一度もなかった。円香先輩はお留守番~~? と雛菜が妙に煽るように言い、思わず「は?」と返してしまう。っしゃ行くか、そう透が啖呵たんかを切って先陣を踏み出した。斜面は階段上に雪が固められており、思ったよりも登りやすかった。そしてずっと斜面というわけでもなく、段丘状の地形をしていた。河岸段丘かがんだんきゅう、中学の理科か社会で習った覚えがある。この山の斜面は谷底に流れる川が年月をかけて削っていったもので、集落の位置する山間の僅かな平地は、かつては谷底だった。巨大な岩と岩の間を擦り抜け、まだ角が取れていない礫石れきいしをかわしながら、谷底を泳ぐ川魚に思いを寄せる。いや、川魚ではない。海から遡上してきた鮭だ。産卵の為に生まれ故郷に帰ってきた健気なその魚たちはさらに上流を目指した。やは~~~♡ 綺麗~~~~♡ 私たちは相倉あいのくら合掌造り集落が一望できる場所にいた。目測三十メートルほどだろうか、二十棟弱ほどの家々の屋根を斜め上から見下ろすことができた。一部滑り落ち焦茶色の素肌を晒しているが、ほとんどの屋根が白く染まり、軒下は深い雪に埋まっている。登録されてるんだって、世界遺産、ここ。透が珍しくそう解説をする。そうなんだ、白川郷なら社会科で習ったけど。え、うん。えーと。透が瞳を少し右上に逸らす。記憶を探るとき特有の仕草だった。白川郷と、ここ五箇山ごかやま? の合掌造り集落が、一纏めになってるんだって、確か。へぇ、白川郷しか知らなかった、てかなんでそんな詳しいの。えへ、教えてもらった、プロデューサーに。いつの間に、私がトイレへ行っている時か。風が強くなり、綿雪が顔に吹きつけ体温で溶けて肌を濡らした。セルフィーを撮り終えた雛菜が私たちを呼ぶ。透先輩~~、あれやろ~~、マンモクスン。あー、いいね。ふふ、マンモスクンだよ、雛菜ちゃん。小糸がマフラーに顔を埋めて笑っている。雛菜は iPhoneのカメラアプリを動画モードにして、シャターボタンを押した。ポンっと軽快な小気味良い音が鳴る。雛菜がその長い腕を山の斜面の上を伸ばし、ノクチルとしての私たちをインカメラに収めた、深雪に染まる合掌造り集落をその背景に映して。じゃあ行くよ~~、せーのっ、

「氷河期氷河期~~!」

五箇山相倉ごかやまあいのくら合掌造り集落での観光は途中で吹雪になり、集落の中程で見つけた茶店で昼食をとった。山菜ざるそば、山菜そば、山菜天ぷらそば、山菜そば、山菜の煮物、漬物、各々自由に食べたいものを注文する。五箇山ごかやま豆富、気になる。あっ、わたしもっ。じゃあ二人で頼もっか。う、うん。雛菜もそれ食べる~。じゃあ二つね。あ、私も食べる。ごちゃごちゃしてすみません、五箇山ごかやま豆富、三つでお願いします。あと甘酒もお願いします~~。葛湯を一つ、小糸は? こ、昆布茶で、お、お願いしますっ。あ、昆布茶二で、おねしゃす。窓の外は吹雪によって白く染まっていて、がたがたとガラス戸が音を立てている。予定では本日帰るはずだが、大丈夫だろうか。プロデューサーに目をやると心配そうにスマートフォンを覗き込んでいた。大丈夫そうですか、天気。私はチェインで彼にメッセージを送る。彼に再び目を向けると、驚いたようにこちらを向いていた。彼は撮影中であることを思い出すまで十秒ほどかかったようだった。彼は再びスマートフォンに視線を移すのを横目で見つつ、私は天気予報アプリを開き、雨雲レーダーの時刻予報を調べた。どうやら一時間ほどで止むらしいことが分かると同時に、彼からチェインの返信が届いた。一時間くらいでなおるから、大丈夫そうだ。そうみたいですね。はは、心配してくれたんだな。円香は周りがよく見えている、助かるよ。親指が止まる。はぁ、気障ったらしい台詞。あなたは文面でも変わらずあなたらしい。つけ入る隙を見せてくる。無意識にそうしているの? 本当にたちが悪い。止まっていた親指を再び画面の上で滑らす。あなたが頼りないのが悪い。円香先輩、何見てるの~~。天気予報。へ~、外、すっごい吹雪だもんね~~。どうだった、円香ちゃん。一時間くらいで止むっぽい。そ、そうなんだ、よかったぁ! そして注文していた郷土料理が運ばれてきた。五箇山ごかやま豆富は高野こうや豆腐より硬く、濃厚で美味しい、刺身の中トロのような食感だった。雛菜、これ好きかも~~~♡ 私は無言で頷く。温かいかけそばに乗っている山菜はちょうど良い塩加減で、しゃきしゃきとした食感は瑞々しく、そばと交互に食べると全く飽きがこない。素朴な、しかしある種の完成された味がそこにあった。もごもごと頬を膨らませてリスのようになっていた透が、カメラに向かってサムズアップしていた。

予報通り吹雪が止み、私たちは相倉あいのくら合掌造り集落を発った。番組スタッフが運転するハイエースに揺られ、富山駅前のロータリーへ到着した。今後の流れの相談は道中ですでに済ませていたので、プロデューサーと私たちは礼を述べ、ハイエースを降りた。ハイエースが私たちから死角に入り見えなくなるまで見送った後、駅ビルの入っている土産物コーナーで物色をした。私を含めた全員が家族の人数分の鱒寿司を買っていて、笑った。プロデューサーも事務所のみんなへのお土産だと言って鱒寿司の紙袋を両手に下げていた。そうして私たちは新幹線に乗り、雪の降っていない街へ帰って来た。

後日、編集されたWeb番組の白箱がYouTube限定公開のURL形式で送られてきた。本公開の際は再度アップロードし、別のリンクが付与されると説明があった。全編を通して、問題となる箇所はなく、プロデューサーとしても問題のない内容だった。ノクチルの魅力がとても良く映し出されている。そう彼は評していた。特に初日の朝、雪合戦をしているシーン。彼はその場には居合わせておらず、雪合戦が終わって雪だるまを作り始めた際に遅れてきたことを思い出した。つまり彼はこの時初めてそれを見たのだった。

「円香先輩、ちょっとやりすぎじゃない~~?」 「いきなり雪を浴びせてきたのは雛菜でしょ。入ったんだけど、服の中」 「あは~~、ごめんね~~?」 「なんかムカつく」 「きゃ~~~♡ 円香先輩が雛菜のことストーカーする~~~♡」 「ぴぇ」 「あ、ごめん小糸」 「やは~~、円香先輩が小糸ちゃんいじめた~~」 「雛菜が小糸に近づくから」 「も~~! やったな~、円香ちゃん!」 「おー、雪合戦。いいね、私も」 「透先輩参戦~~~♡」 「あはは、それっ」 「やは~~全然当たってない~~」

陣営に分かれるでもなく、軽く掴んだ雪玉を投げる彼女たち。敵も味方もなく、白雪の上で自由に戯れ、泳いでいた。

(了)

SHINY STAR FESTIV@L 07 at 2024/6/23(日)